雲夢県睡虎地竹簡
雲夢県睡虎地竹簡

書 の 歴 史(中国編)<3> 老本 静香

 

7、雲夢県睡虎地(うんぼうけん・すいこち)竹簡

197512月、中国湖北省雲夢県睡虎地第11号秦墓で、一千点を超える竹簡が発見されました。この11号墓は、睡虎地にある12基の秦墓の一つで、墓は保存状態が良く、遺体のまわりをとり囲んだ大量の竹簡はほぼ完全な状態で残っていて、文字の大部が判読できたので、書道史上、書体の移り変わりを知る貴重な資料になりました。

 竹簡というのは、紙が発明される前または紙がきわめて少ない時代に、書写用に便用されていた薄っぺらく細長い竹の札のことです。木で作ったものもありそれは木簡といいます。

 紙が使われはじめたのは漢代からといわれており、三国から晋にかけて相当良いものが普及していたようです。ですから竹簡や木簡はそれ以前の古いもので、現在わかっているその歴史は、戦国時代の終りから秦・漢の時代、さらに三国を経て西晋の時代にまで及んでいます。

 さて雲夢睡虎地の竹簡ですが、書かれている文字は整った小篆に比べてゆがみが強く、筆法はたいへん簡略化されています。どう見てもこれは小篆と異った書体です。

 今までの常識では考えられないことですが、この睡虎地秦墓の発掘によって1000点を超える竹簡のどれにも、この隷書の味わいのある文字が書かれていることから、秦の始皇帝が統一した文字は、或いは隷書ではなかったのかという疑問が生じ、現にそうした主張をする研究者もおられるようです。

 また小篆と隷書を使いわけていたのではないかという見方もあります。つまり大量の文字を小篆でいちいち書くのは物理的に無理であるので、国や英雄の威厳を公に示す時や、事業を記念して後世に伝える時には、荘厳な小篆を用い、私的あるいは事務的な記録の場合は合理的な隷書を使うようにしていたのではないかということです。

 いずれにしてもこの竹簡の書は、篆書の筆意を残しながら、隷書の筆意へと変化していく過程の、篆隷体ともいうべき責重な資料です。

 

馬王堆漢墓帛書
馬王堆漢墓帛書

8、馬王堆3号漢墓帛書

馬王堆というのは近年に発見された中国前漢時代の墓で、湖南省長沙市の中心部から東の方へ約4キロのところにあります。1972年から発掘が開始され、1号墓、2号墓、、3号墓と三つの墓の中から、膨大な文物が出土しました。

 その出土品の一部が、昭和48年に東京と京都で開かれた「中華人民共和国出土文物展」に展示され、大きな話題を呼びました。また2000年も前の死体がミイラにならぬまま発見されたというので、当時の新聞を賑わしたのを記憶しておられる方もあると思います。

 さてここに掲載したものは馬王堆の3号墓から出土した帛書です。帛書というのは、絹(かとりぎぬ)に書いた文字や書物をいいます。

 文字は篆体といえるものや今日でいう隷書に近いものなどですが、字形は右上りあり右下りあり、丸味のある運筆が目につきます。篆書は円筆、隷書は方筆という今の固定観念からすると、そのどちらでもない書き方といえます。

 なお出土品の記録からこの3号墓は漢の文帝前元12年(前168年)という

ことがわかりました。またこの帛書の書写年代は紀元前206年から前195年の

間のものと推定されています。

瓦当
瓦当

9、瓦当

 屋根を葺く瓦の軒先の部分についている瓦の面を瓦当と呼んでいます。

 なぜ瓦当と呼ばれるかといいますと、宋の時代には瓦の頭ということで瓦頭と呼んでいましたが、後になって瓦当というようになりました。それは「八風寿存当」など、「当」という字の書いてある瓦が発見されたからだといわれています。当という字は庭という意味があり、瓦当の部分を瓦の底部とみてそのように呼ぶようになったようです。瓦の頭とみるか底とみるかは全く正反対ですが、結局云っていることは同じです。

 瓦当は古くから作られていたようで、今日発見されているもので最も古いのは戦国時代の燕(前403~前221)の遺跡から出土した半円形の瓦当です。し かし文字を刻したものは秦時代以後になります。秦時代の瓦当には文字あり、文様ありで非常にバラエティに富んでいます。

 漢時代になると瓦当の全盛時代となり、ほとんど文字瓦で、使用される文字の数も増え、多種多様になってきます。

 瓦当に刻してある文字は、その使用される建物の意味をあらわすものと、縁起のよい吉祥文字を書いたもの、年号を書いたもの、記念的な語句を書いたものなどがあります。 一例をあげますと、宮殿には「上林」「鼎故延寿宮」など、役所には『衛』『都司空瓦』、関所には『関』、墓は「冢」といったものです。吉祥文字では 「長楽無極」「千秋万歳」「延年益寿」などが用いられています。

 瓦当の文字は篆書ですが、円形か半円形という決められた枠の中にまとめることと、図案模様化した美しさを出す工夫がなされています。また一宇の場合と多字数の場合ではまとめ方が異なってきますが、非常によく工夫されていることと、空間処理が実にうまく、優れた装飾性を出しているのに感心させられます。

                                                  (続く)

 

筆者   老本静香(おいもと・せいこう) 当会副理事長

※「書の歴史」は「小石の友」誌に昭和61年から連載されています。(この記事はWeb用に一部加筆しました)

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